世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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ぼくの大切な人の話だ
 ぼくの大切な人は、ぼくが19歳のときに死んだ。
19歳で死んだ。病で死んだ。

自分が病に侵されているということを知った彼は、東京へ行った。
俳優になるという夢を叶えるために、東京へ行った。

彼が東京へ行ってから半年後、ぼくはその人と東京で待ち合わせをした。
久しぶりに会った彼は、前よりずいぶんと痩せていた。

「寿司を食べよう」と彼は言って、回転寿司にぼくを案内した。
食事中、彼とは色んなことを話した。
「毎日が充実している」
「色々なことを学んだ」
「やりたいことがたくさんある」
「一日が100時間ぐらいあればいいのになと思う」
彼は2皿しか食べなかった。

それから2ヵ月後の年の暮れ、彼はぼくの地元へと帰ってきた。
容態が悪化して、帰ってきた。

医師は淡々と彼の容態を語った。
彼が助かる可能性は皆無に等しいということは、誰の目にも明らかだった。

年が明けて、さらに一月が過ぎた。
あるとき、彼は言った。

「俺はさ、今まで生きてきた中で、今が一番幸せだよ。お父さんがいて、お母さんがいて、
3人で笑って話せてるんだから」

彼の両親は、彼が9歳のときに離婚した。彼は母方に引き取られた。
両親が仲睦まじくすごすところを、彼が見ることはなかった。

彼が病に侵され入院したとき、父親が見舞いに来た。
10年ぶりの再会だった。
彼はこのとき、生まれて初めて、両親と穏やかに時を過ごすことができた。

だから、彼は言ったのだ。
今まで生きてきた中で、いまがもっとも幸せだと。
「それにほら、これでもしもお父さんとお母さんがよりを戻すなんて展開になったとしたら、
俺が病気になったことにも、意味とか価値とかを持たせられるかもしれないじゃん」
彼は、そう冗談めかして呟いて、笑った。
彼が亡くなる10日前の出来事だった。




彼が亡くなる2日前、病室へ行くと、彼は
『ジュースが飲みたい』と言った。
ここしばらく、彼は点滴のみで生活していたので、僕は内心おどろいた。
自販機でオレンジジュースを購入し、吸い飲みに移して手渡すと、
彼はゆっくりと飲み干し、
「おいしい。サンキュな」
と言った。

しばらくして、彼は立ち上がった。
僕は内心で、また驚いていた。
一週間ぐらい前からは、ずっとベッドの上で生活していたから。
どうした? と尋ねると、彼は
「なんか調子いいから、トイレ行ってくる」と言った。
そして、ゆっくりと病室を出て行って、しばらくすると戻ってきた。

ベッドに横になった彼に僕は話しかけた。
しかし彼は『……』と聞き取れない何かを呟いて、眠りに落ちていった。


そして45時間後、彼は亡くなった。
静かに、とても静かに、その生涯を終えた。


通夜には、昔馴染みの連中がたくさん訪れた。
彼が病に侵されていることは無闇に口外していなかっため、ほとんどの者は
信じられないという面持ちだった。

彼が入っている棺に開いた窓、そこから彼の顔をのぞいた者の多くは、
怯えるように竦むように溢れるように泣き崩れていた。

彼が東京に行ってから、わずか一年足らずの間に、彼の姿は変わり果てていたからだ。
その体や顔立ちは極限までやせ細り、骸骨に皮膚を貼り付けただけのような在りようだった。

告別式で、彼の母親と話をしているとき、僕は彼が亡くなる2日前、彼がジュースを飲んだり
一人でトイレに行ったことを話した。
すると彼の母親は、

『そんなことがあったんだ。それってきっと、神様が最後にくれたプレゼントだったのかもしれないね』

と言った。


ろくに食事を摂ることすらできなくなっていって、
投薬による激しい副作用に何ヶ月も苦しんで、
しまいにはろくに動くことすら出来なくなっていった、
そんな彼に最後にご褒美として与えられたプレゼントが、

オレンジジュースを『おいしい』と言って飲むことができて、
トイレにひとりで歩いていけたこと。

健康な肉体を持つ人なら、誰しもが当たり前にできること。





僕は別に、『いま自分が普通に生きている』という事実に、感謝しようとは思わない。
『世の中には生きたくても生きられない人がいるんだから、当たり前のように生きられる自分はもっとがんばろう――』なんて風にも、考えない。

ただ、忘れないようにだけはしようと思う。
彼は19歳で死んだ。
病で死んだ。
夢や目標があったのに死んだ。
叶えられないままに死んだ。
生きたかったのに死んだ。
今まで生きてきた中で一番幸せだと、死ぬ間際に彼は言った。
ジュースを飲んで、トイレに行けた、そんなことが神様からのプレゼントだと彼の母親は言った。
彼の両親は、彼の死と同時に再び絶縁状態に戻った。

それらの事実を。




さて、そんな感じで気づけば火曜日が終わってしまいました。
それではそれではまた明日。がんばっていきましょうか。がんばって生きていきましょか。
おー。おー。