世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 15:45〜

地下から地上へと復帰した私は、さらにペデストリアンデッキに上がって、
周辺の状況を撮影していた。

P1090512.JPG
ペデから駅前通りを撮影。


(あれ? ここは随分クルマの量が少ないな・・・あ、そっか。
 この状況では仙台駅を利用する必要性が限りなく低いから、この通りの有用性が
 下がってるってことか?
 ふーん・・・一応、みんなそれぞれ、身の安全を確保しようとしてはいるのか。
 中央分離帯にいる人は、ビルからの破片を避けるためのあのポジション取りか。
 バス停に集まっている人たちはなんだ? まさかこの状況でバス待ち・・・?
 あ、いや、バス停の屋根で、雪とビル破片の両方を防ごうとしてるってことか?
 ひょっとしたら+αとして、バスが来る可能性にも期待してるのかもだけど・・・
 あれ? そもそもバスの運行ってどうなってるんだ? 電車は確実にストップだろうけど、
 交通道路自体は無事みたいだし・・・。
 バス運転手が急停車し、各々指示を仰いでる状態とかなのかな。
 乗客をどう扱うかが難しいところだろうから・・・マニュアル的には、
 現在走行している路線だけ最後まで走りきり、その後は運休とかだろうか?
 それとも、こんな状況だからこそ、可能な限り通常運行をするのかな?
 ・・・ああ、というかあのバス停のところ、崩落があったのか。
 それを見ようとしてる人が集まってるというのも、あの集団の一因なのかな?)

といったようなことを考えながら、じゃああの現場の写真でも撮りに行こうかなーと考えていたところで、

「いやビックリしたねぇ」

話しかけられた。
声の方向を見ると、ひとりのお婆さん。

「そうですね。まさかここまでの地震がくるとは思いませんでした」

応対するぼく。田舎育ちなせいなのか、知らない人と話すのに躊躇いはない。
田舎だと知らない人でも道端ですれ違ったら普通に挨拶を交わすし。
夕方とかにこんばんはって言うと「はい、おかえりなさいねぇ」とか言われたりするし。

「お兄さんは地震のときどこにいたのぉ?」
「僕は仙台駅の中でした。ちょうど新幹線から下りてきたところで遭遇して」
「ありゃー大変だったでしょぉ」
「そうですね。これほど大きな地震を室内で体験したのは初めてだったので」
「なー」
「お婆さんはどこに?」
「私はね、今日岩手から来てたんだけどもさぁ、タクシーに乗って
信号待ちしてたらぐうらぐうら揺れだしたのよぉ。ビックリしたさぁ」

「物凄く長い揺れでしたよね」
「なぁー。おかげで帰れなくなっちゃって大変だぁ」
「ご実家のほうは大丈夫だったんですか? ご家族の方とか」
「地震の後すぐに息子から電話きたからよう。大丈夫みたいだぁ。
 これから迎えに来てくれるって言ってたから、待つしかないなぁ」

「そうですか。まぁひとまずご無事で何よりでしたね」
「お兄さんはどこの人なのぉ?」
「在住は仙台で、この春から半年間は東京・・・の予定だったんですけど、
 この状況なのでどうなることやらって感じですね。両親は○○の方に住んでます」
「あぁーそうなのぉ。大丈夫だったんかねぇ?」
「そうですね。さっきメールで確認とれたので」
「そっかぁ。よかったねぇ」
「そうですね。本当にホッとしました」

 死んでてくれてたら最高だったんですけどね、という本心はもちろん言わない。

「お兄さんはこれから実家に帰るのかい?」

「そうですね・・・どうしようかまだ決めかねてますが、そうなるかもですね」
「そっかあ」

 そこで会話が一度途切れ、なんとなく二人そろって地上部の人だかりを見る。

「あれ、どうしたのかなぁ?」
「崩落みたいですね。ちょっとこれから見に行ってみようかと思ってたとこなんですが」
「そんなら私も行ってみようかねぇ」
「そうしますか。でも、色々と危ない状況になってるみたいだから気を付けてくださいね」
「そうだねえ」

そんな感じで、名も知らぬおばあさんと2人で、人だかりの方へ向かった。

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