世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 16:00〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも整合性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。


自分のケータイの、小さな画面に映し出された、あまりに非現実的な映像を眺めながら、
私は、ぼんやりと考えていた。

(地元は 津波に呑まれた 呑まれた のか 実家は
 レンジは 家の中にいるんだから無理か 死んだ たぶん死んだ 死んだと思っておいたほうがいい
 母親が死んだ可能性も出てきたか? あのあと家に戻っていたとしたら 家に戻って
 レンジを助けて逃げる 無いな そもそも地震でどうなったんだ レンジはビックリして
 奥まったところに隠れたりしたのかな 母親が家に戻っていたとしたら 隠れたレンジを
 探しているうちに津波が来てとか あと1日早く帰ってきてれば助けられた?
 幼なじみは 大丈夫なのか 電話してみようか
 帰るべきか でも今更 今更だよな)

傍らにいたお婆さんが、話しかけてきた。

「お兄さんニュース見てんのかい?」
「あ、はい、えっと、津波が来たそうです」
「ええ!? 津波がい!?」
「はい。これ・・・」

お婆さんにも見えるように、ケータイの位置を調整する。
小さい画面であることに加え、あまりにも非日常的な映像で、お婆さんは少しの間
なにが映っているのかを見定めようとするかのように無言で画面を見つめ、やがて、

「あや、あやややややぁ・・・」
「お婆さんの自宅は大丈夫そうですか?」
「あぁあぁ、内陸だから大丈夫だけっどもよう・・・、お兄さんの家はどの辺なのさぁ」
「海沿いです。本当に目と鼻の先に海がある感じで。だからたぶん、全滅ですね」
「あぁ・・・」

内心はともかくとして、表面上はいたって平静を装えていたと思う。
むしろお婆さんのほうが悲痛そうな表情になった。
食い入るようにケータイ画面を見ながら、言葉を漏らしていた。

「・・・・あぁ・・・気の毒になぁ・・・・ああ・・・○○とか大丈夫だっぺがやぁ・・・」


親戚か何かだろうか、地名だか人名だか分からない単語を口にしていたのを覚えている。
やがて、

「津波きてんの?」


と、付近にいたオジサンが寄ってきた。
「はい」と答え、そのオジサンにもどうにか見えるようにケータイの位置を調整する。
続くようにして付近にいた何名かが話を聞いてきた。
「津波?」
「はい、仙台空港が呑み込まれたそうです」
「津波?」
「津波だってさ」
「仙台空港?」


ビルの瓦礫を見学するために集まっていた人達に、情報が伝播していくのが感じられた。
後から思い返してみると、この時点で津波の到達からは相当の時間が経過しており、
当然、報道も始まっていたハズなので、とっくにその事実を把握している人達がいても不思議ではないのだけれど、
周囲にいた人たちのほとんどは、津波のことをこのとき初めて知ったようだった。
当時は家族と連絡を取り合ったり、地震被害を撮影したり、
交通状況を確認することに気を取られて、ニュースを確認しようという
意識が抜け落ちている人が多かったのかもしれない。
あくまで予想だけれど。

私はそれから数分ほど、ほとんど思考らしい思考もできないまま、
ケータイの画面を見つめていた。

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