世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 16:00〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも整合性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。

気づくと私は、ワンセグのニュース映像を録画していた。
頭の中では、今後自分がどう動くべきかを、どう動かざるを得ないことになるかを、
漠然と思考していた。

(地元は呑まれたのか 地元に戻ったら 自宅には帰れないのか 避難所か。
 ○×中学校が避難所になるのか。地元に戻ったらそこで生活することになるのか。
 両親と一緒に? 妹はどうするんだろうな。長男は帰ってこれないだろうけど。
 あいつとかあいつとかも来ることになるのか? その他に避難所になりそうな
 場所は 小学校は 幼なじみは レンジは)

「お兄さん、地元に帰らなくちゃいけねぇべや」
「そう、ですね・・・そう、なりますかね」
「あぁあぁ、お父さんお母さん心配だべ、早く帰んなきゃあ」

自分の考えとはもっとも遠いところにある心配に、内心でちょっと笑ってしまった。

(それだけは無いけれどさ・・・でもまぁ取りあえず、このお婆さんとお別れするには
 良い頃合いかなぁ)

「そうですね。それじゃ僕は失礼します」
「気をつけてなぁ。危ないとこからは逃げんよぉ」
「お婆さんもくれぐれもお気をつけて」

そんな感じで別れを告げて、少し歩きながら、僕はもう一度思考する。

(地元がどうなったかは分からないけれど、津波に呑み込まれたのはほぼ間違いない。
 ・・・今すぐ地元に向かったとして、出来ることってあるか?
 パニック的な状況はすでに落ち着きつつあるだろうし、今後はゆるやかに
 動向が変化していくと思うけれど・・・。それなら、いっそこのまま
 もう少し仙台駅周辺の状況を観察してから、地元に戻っても同じなんじゃないか。
 そうだな・・・停電してるんだから、真っ暗になった都心部が見られるのか。
 じゃあ、それを観察してから地元に向かおうかな・・・)

地元が崩壊したのではと予想しつつも、その事実を確認する手段も方法も無かったため、
いや正確には手段も方法もあったのかもしれないけれど、
それを考えることも思い付くことも無いまま、私は周辺状況の把握を再開した。

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