世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 16:10〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも整合性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。

P1090515.JPG
雪が随分と強くなってきていた。
私は、周辺状況の観察と撮影を続けながら、ぼんやりと考え事をしていた。

(この時期に雪か。予報とか全然チェックしてなかったな。
このまま降り続けたら地元に帰るの大変になるかな。
・・・地元・・・津波・・・津波きたのか・・・地元は・・・どれくらいの被害に遭ったんだろうな・・・
仙台空港があれほど呑まれてたってことは・・・完全に沈んだのか・・・沈んだ・・・?
いや流されたのか・・・。実家に置いてあったもの全部なくなったのか・・・?
家も無くなったのか・・・? 飼い猫は? 幼なじみは? これから地元に戻ったとしたら、
避難所で生活することになるのか? 知らない人達と一緒に? プライバシーもない状態で?
両親と一緒というだけでも苦痛なのに? 考えたくない・・・でも、帰らないワケにもいかないんだろうな・・・
両親に顔を見せておく必要はあるんだろうし、津波に呑まれた地元を見ておきたい気持ちはあるし、
自宅や飼い猫、幼なじみの安否も気になるし。
避難所・・・たぶん××中学校になるだろうな・・・もしも地元が津波に呑まれたんだとしたら、
相当な人数が入り込んでくる・・・人間関係ものすごく面倒くさいんだろうな・・・
この非常時だから、どんな精神状態になってるか分かんないし・・・
とにかく恨みだけは買わないようにしないとかぁ・・・ものすごく気を張って生活しなくちゃいけないんだろうな・・・)

津波の映像を目の当たりにしたとはいえ、地元の姿を直接目の当たりにしたワケではなかったせいか、
今ひとつ現実味を感じられないまま、私は地下通路を使い、西口方面に向かうことにした。

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