世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 18:20〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも整合性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。


18時20分、私は仙台駅を出発した。
地元までの距離は、およそ40〜50辧
普段なら最速で1時間強、寄り道しながらで2時間弱といった道のり。
ただその日は、その倍以上はかかるであろうことは、何となく覚悟して出発した。

出発しておよそ5分後、信号が消えていて、なおかつ大きな交差点に到達する。
自分が走っている道路側のほうが太いため、優先気味に走行しているようだ。
交差側の道路は、頃合いを見て通行するタイミングを生み出し、1台が通過したら
後は勢いで、しばらく交差側の通行が始まる。
その繰り返し。

(やっぱり、思ったよりはちゃんと機能するもんなんだな。
 でもやっぱり流れは普段より悪いな・・・)

のろのろとした流れに乗って、仙台駅から徐々に離れていく。

(真っ暗な都心部を走行するのって、思ったより違和感があるな。
 外灯もビルの光もない。車が多いから暗さでいったら何てことないんだけど、
 高くそびえる真っ黒い影に左右から挟まれてるってのは、結構な不気味さだ)

普段とは異なり、流れがゆるやかな分、それほど集中した運転をする必要がなく、
自然に考えがよその事へと向かう。

(地震・・・災害・・・震災か。阪神淡路のときもこんな感じだったのか?
 1月17日 6時前だったか? 確か5時半〜5時45分・・・5時45分だったかな
 死者は、6548人? 6500人前後なのは間違いなかったハズだけれど、
 あっちは津波は無かったんだよな。火災・倒壊がひどかったのだったか)

根元から倒れた高速道路、倒壊した家屋、震災で傾き、1〜2週間後に倒れたビルなどの映像が甦る。

(今回はどうなるんだ? どれくらいの被害が出てるんだ? 仙台駅周辺部と、
 ここまで見た限りでは、建物全体の倒壊はそれほどでもない。
 せいぜい一部が壊れた程度。じゃあ津波は? 仙台空港が呑まれたなら、
 相当な範囲がダメだろう。いや待てよ、仙台空港って、そんなに海から離れてたっけか?)

国内、国外から飛行機に乗り、間もなく仙台空港に到着する際の映像が浮かぶ。

(・・・近い・・・な。うん、近い。そうだ、周辺部をまわったときも、本当に目の前に  防風、防波林があったもんな。海から数劼藁イ譴討織ぅ瓠璽犬あったけど、
 実際には1劼發覆い阿蕕い? だとしたら、最初に浮かんだほどの被害ではないのか?
 でも、あの津波、ものすごい勢いで陸を浸食していってたよな。地形によっても変わるだろうけれど、
 平地なら最低でも海岸から1〜2劼歪世鵑世塙佑┐襪戮だろう。
 高さ 高さはどれくらいなモノなんだ? あの映像じゃちょっと分からなかったな。
 1〜2メートルぐらいに思えたけど じゃあ2階にいれば助かるのか?
 大変なことになった、んだよな ずっと危惧してたのはこの状況なんだよな)
 なんなんだ、この今ひとつ実感の湧かない感じは。予想よりも大人しいからなのか?
 それとも予想をはるかに超えてるからなのか?
 遅いな。このままだと地元に到着は9時は確実に過ぎるな。10時か、11時か。
 帰ったらどうするべきか、ちゃんと考えておかなくちゃな)

ときおり周辺の交通状況に気を配り、あとはひたすら流れに乗りつつ、
そんなことを考えながら走っていた。

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