世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.11 20:30〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも一貫性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。



原因不明の水たまり交差点を右折し、200メートルほど走ったところを左折する。
そうすればあとは、ひたすらまっすぐ道なりに走り続ければ地元に到着する。
もうすぐ地元だ、という思いと同時に、先ほどの光景が気になっていた。

(津波の水がここまで着てるのだとしたら、地元は間違いなく被害にあってるな)

自宅のある場所は、海から1卍度だ。
3〜4劼呂△襯魯困慮什瀉賄世鉾罎戮燭蕁△呂襪に海に近い。
しかし、その被害がどれくらいになるのかは、想像がまったくできなかった。

(自宅はどうなった? 1階部分は水没とかなのか?)

そんなことを考えながら1劼曚描ったところにある信号の無い十字路で、私は再び原付を止めた。
地元方面への道路に、カラーコーンと、工事現場で見かけるような鉄製のガードが置いてあった。
看板などは無く、いかにも取り急ぎ設置したような雰囲気だ。

(・・・通行止めってことなの? 工事? いや)

先ほどの水たまりのことが思い出された。

(この状況でってことは、津波のせい?)

それがもっとも可能性としては高そうだった。

(どうする? この先に行けないんだとしたら、また国道に戻るしかないか?
 こっから戻るとしたら・・・ここから西にまっすぐ行って、か。
 でもそしたらまた渋滞につかまるんだよな。
 そもそもこのガードの先、本当に通行止めになってるのか?)

見れば、カラーコーンやガードが防いでいるのは道路の半分程度で、車もゆうに通れるほどのスペースが残っている。

(でも、ここから走っていって引き返すことになったら、それはそれで無駄足だしな)

たっぷり数十秒ほど悩んでから、

(いいや、取りあえず行けるだけ行ってみよう)

という結論に達した。

ガードの脇をすり抜け、地元へと向かってまっすぐ走る。
しかし、それはすぐに出来なくなった。

(・・・・・ダメ、だ・・・)

十字路からおよそ300メートルほど走った地点。
そこで、道路が消えていた。
路面を構成するアスファルトは、滑り台のように下りのアーチを描き、
そして、やや低くなったそこには、巨大な材木があった。
ライトで照らしてみると、ひとつひとつが何であるのかを
判別する気にもならないほど大量の何かが、道路を埋め尽くしていた。
そして、それらを漂わせているのは、路面に張った水。

(津波が、来たんだ。こんなところまで)

ぼんやりと理解した。
私が初めて直接目撃した、津波被害の明確な証拠だった。

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