世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
<< August 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
月ごとですよ
最近のコメントー
トラックバックー
管理人はこんな人
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人が体験した東日本大震災 2011.3.12 0:05〜
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも一貫性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。


通学路が崩壊している状況を目の当たりにしても、それでもまだ私は冷静だったと記憶している。

(あー、やっぱりダメなんだなあ)

ワンセグで仙台空港が呑み込まれるのを確認し、
地元の隣町で津波の痕を確認し、
避難所に到着する直前にも瓦礫を目撃していたおかげで、
耐性とか覚悟のようなものが出来ていたせいだと思う。
特に大した感慨を抱くこともなく、坂をくだっていき、そして瓦礫の目の前に到着した。

(・・・・・・うわ)

電信柱が横倒しになって、道路をふさいでいた。
自分の身近なものが、異常な状態になっているのを目の当たりにして、
急激に恐怖感が湧く。

(この電柱・・・?)

左を見ると、地面からすぐのところでぼっきりと折れた電柱があり、
その折れた先が道路を塞いだようだ。

(・・・なんだ? どうして折れたんだ? まさか揺れのせいでも無いだろうし・・・?
 うーん・・・?)

考えてみるが、答えは分からない。
とにもかくにも、先に進むことにした。
折れた電柱を起点とするようにして、そこから先は途方もない量の瓦礫が広がっていた。
高さにすると自分のひざから腰ぐらいだろうか。
瓦礫の内容はよく把握できないが、いちばん目立っていたのは木材だった。
とりあえず電柱に乗る。
そして、瓦礫に足をかけた。
不安定極まりないが、どうにか歩けないこともない。

しかし、ここで私は一気に恐ろしくなってしまった。

(・・・こんな状態の道を、明かりひとつ無いまま歩き続けて、自宅まで向かって、
 その後、生存者を捜索するの・・・?
 いるかどうかも分からない生存者を? 自分の身も危ないかもしれないのに?)

数メートルほど進む。
一歩ごとに不安と恐怖が増大していった。

(あ、あぶな、うわ・・・これ、足下に何があっても分からないぞ・・・
 ひょっとして、遺体とかもそこら中にあるんじゃないのか・・・?)

ある程度進み、だいぶ坂を下り終えたところで、私は視線を遠くに向ける。
そもそもの話として。

(・・・・ここ・・・ホントに地元なのか・・・?)

場所は、紛れもなく慣れ親しんだ地元。
生まれてから20歳近くまで、ずっと過ごしていた場所。
数え切れないほどの思い出がある場所。
にも関わらず、私がそのとき見ていた光景は、私のまったく知らない世界だった。

(・・・こんなのさ・・・)

後ろを振り返る。
瓦礫の届いていない、坂の頂上部分が、はるか彼方に思えた。
戻りたいけれど、今からあそこまで戻ることも到底不可能なことのように思えた。
進むことも戻ることも出来ず、呆然と立ちつくしていた私の耳に、
遠くからサイレンの音が飛び込んできた。

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
-
管理者の承認待ちトラックバックです。
- | 2013/05/29 12:13 AM