世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
月ごとですよ
最近のコメントー
トラックバックー
管理人はこんな人
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人が体験した東日本大震災 2011.3.12 0:40分前後
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも一貫性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。


坂を下りきると、そこが避難所と実家の中間地点あたりになる。
そこから右手を見れば、僕の実家の周辺を確認することも出来る。
とはいっても、僕の自宅の裏隣さんや、そのお宅の裏にある木々などが邪魔して、
実家部分は見えないのだけれど。

(・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・)

だけど僕はその時点で理解した。
自宅は完全に流されている。
飼っていた猫も間違いなく絶命してしまった。
なぜなら、そこから遠方に見えるハズの、裏隣のお宅も、そして木々も、
完全に姿を消していたから。
本来は見えないハズの、僕の実家の位置が把握できる状態になっている。
そして、その実家があるハズの位置には、何もない。
僕の実家はおろか、その周辺の一切がまっさらな状態になって、はるかな彼方まで見通せるようになってしまっていた。

(・・・ダメ、かあ・・・いや分かってた。分かってたけどさ。
 大丈夫な可能性なんて1%ぐらいにしか考えてなかったけどさ。
 そっかぁ・・・飼い猫・・・死んじゃったかぁ・・・)

実家が無くなったことよりも、真っ先に愛猫の死を想った。
ゴミのように価値が無いと認識している両親。
そんな両親のいる実家で過ごす中で、唯一癒しを与えてくれた存在。
飼い猫とふれ合うことに、何よりも安らぎを感じていたのに。

(・・・・・・あああ・・・・)

精神的なダメージが大きかった。
しかしだからこそ、踏ん切りが付いたのかもしれない。

(・・・・よし、まぁ、それじゃ、実家や飼い猫の状況は把握したし、
 生存者の捜索に移ろうか・・・どうしようかな・・・)

少しだけ考え、さらに少し躊躇った後に、

「・・・誰かいませんかー」

と声を出した。
1回目は控えめだった。

「誰かいませんかー・・・!」

2回目は少し大きく出すことができた。

「誰かいませんかー! いたら返事してくださーい!」

3回目で数十メートルの範囲には届くような声を出せた。

(これぐらいか。あんまり大声すぎるとこっちのノドがもたないし。
 えーっと、遭難者とか要救助者を捜索するときのマニュアルなんてあるのかな。
 救急の訓練では肩を叩きながら3回に分けて段階的に声を大きくしてたよな。
 この場合だと・・・呼びかけたあと、応答が無いが耳を澄ませる工程が必要か。
 物音を出して呼びかけることもしたいけど・・・手頃なモノが無いし、
 そもそも、この足場を進むには、両手が使えるようにしておかないと厳しいか。
 うーん。じゃあ行くか)

そうして、僕は歩き出した。
とりあえず目指すは、南方向。
コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://bunbunmei.jugem.jp/trackback/2522