世界の中心でマイを叫んだけども

06,02,12公開ー
日記とか、感想とか、考察とか。
ぼそぼそとつぶやくようにもなりました。http://twitter.com/Kuro_ino
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管理人が体験した東日本大震災 2011.3.12 0:50分前後
※このシリーズは、当ブログの管理人が東日本大震災に遭遇した際の行動と、
 そのときに考えていたことを出来るだけ詳細に、なおかつ率直に書き綴っていくものです。

 当時の震災をミクロな観点で、ありのままに書き綴っていくため、
 意味が分かりづらかったり、嫌悪したくなるような描写もたびたび登場するかと思います。
 
 物語のようにテーマ性があるワケでも一貫性があるワケでも勧善懲悪というワケでもないので、
 その点だけはご了承いただければと思います。


「誰かいませんかー。誰かいませんかー! 誰かいませんかー!!」

段階的に声を大きくして周囲に問いかける。

「いたら返事をするか、なにか音を出して教えてくださーい!」

生存者の捜索にあたり、まず南を目指したのには理由があった。
避難所からの坂を下りきったら、あとは海まで平地が広がっている。
平地を構成しているのは、主に田んぼ。
そこには、瓦礫が薄くしか堆積しておらず、仮に生存者がいたとしても、
自力で這い出してこれそうに思えた。
もし、這い出すことができない状況だったとしても、最悪、明るくなるまでは死ぬことは無い。
それに対し、南方向には標高10〜20メートル、面積2ヘクタール程度の、
山ともいえないような高地がある。
その高地部分の周辺は、瓦礫がかなり多く堆積している。
周囲から発見されにくく、それでいて生存者がまだ残っている可能性が高いのは、
そのあたりではないだろうか、との推察からだった。
また、実家があったのも南方向であり、近くまでいって確認も一緒にできるという理由もあった。

生存者を捜索する傍らで、足下にも細心の注意を払って歩く。
路面が露出しているところもあるにはあったが、ほとんどが瓦礫に覆われ、
手で体を支えないと危険なところばかりだった。

(・・・わ、と・・・)

気づけば、呼びかける→返事を待つ→移動に集中する→呼びかける
のサイクルが出来上がっていた。
そんな中で、ふと、想像する。

(・・・足下もほとんど見えないけど、気づかないうちに人を踏んでたりしてるのかな?)

まぁリアクションが無いってコトは亡くなってる方だから良いだろうけど、と、
そんなことを想いながら歩いていた。
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